ワクチンで予防できる病気から皆さんを守りたい~たからぎ医院

院長紹介

無題プレゼンテーション
院長写真(糖質制限食の前後)

小学校1年生(渋谷区区立長谷戸小学校)から高校卒業(都立新宿高校)まで現在の「たからぎ医院」(旧:正和堂薬局)の場所で育つ。
昔は駒沢道り(都電が走っていた)で野球をやったものです。

最終学歴:慶応義塾大学医学部
職歴:
1973年5月慶応病院小児科研修医
1975年1月聖マリアンナ医科大学小児科助手
1985年4月同講師(専門:新生児)
1991年7月退職
1991年11月「たからぎ医院」開業

診療のポリシー
子どもの負担を極力減らすために、過剰な検査、投薬はしない。予防できる病気はワクチンを勧める。

学会:日本小児科学会,日本小児科医会,東京小児科医会,日本ワクチン学会,日本小児感染症学会
現在一番熱心に活動しているのは日本外来小児科学会です

大学卒業後、慶応病院小児科で初期研修を受けて、1975年1月から神奈川県川崎市にある聖マリアンナ医科大学病院小児科の助手になりました。NICU設立と同時にNICUスタッフとなり、神奈川県新生児救急システムの一員として勤務しました。

1991年7月大学病院を退職し、同年11月に開業。同年夏、日本外来小児科学研究会第1回研究会が松山で開催され参加し、そこでは開業小児科の諸先輩が小児科外来診療について熱心に議論されました。

私はすぐに引き込まれて、第3回の久留米で開催された研究会で「開業医とBBS」というワークショップ(WS)をリーダーとして開催。その時もうひとりのリーダーは福岡市の台さん、WS参加メンバーは島根の及川さん、帯広の高橋さん、合計4人の小さなWSでした。学会長の武谷先生の4人でもWSをOKの許可がなければ今の宝樹はありません。

当時インターネットはまだ公開されておらず、Nifty-serveやBiglobeのように登録会員にのみ閉ざされたBBS内で情報交換をしてました。4人で、Nifty-ServeのHP(ホームパーティ)という有料掲示板サービスを使って、日々の診療での疑問、情報などをやりとりしました。1.2kbpsと極めて遅い通信速度で、掲示板メッセージを表示させると、あたかもタイプのように画面に表示されました。

95年Windows95発売と並行してインターネットの商用利用が可能になり、98年にNifty-ServeのHPからメーリングリストに移行し、現在メンバー数1500人を超える小児科フリートークメーリングリスト(小児科FTML)に至ります。

最近はtwitter,Facebookで交流が更に広がり、私の活動範囲も広がりました。twitterがなければ2010年からの未承認不活化ポリオワクチン接種を勧めることはなかったでしょう。

2013年は医師となって40年目です。世界標準のワクチンを我が国へ、あと10年は頑張りたい。その頃にはInfanrix hexaのような多種混合ワクチンが当たり前で、中には注射以外のワクチン、例えば絆創膏のように皮膚に貼り付ける、クリームのように塗る、既に海外で発売されているFlumistのように吸入など、痛くないワクチンが増えるでしょう。

でも、まだ日本ではWHOの勧めるB型肝炎ワクチンさえ定期接種になってないので、まずはB型肝炎ワクチン接種を全ての赤ちゃん、子どもに勧めます。

2013.01.03 当サイト設置

powered by Quick Homepage Maker 5.2
based on PukiWiki 1.4.7 License is GPL. QHM

最新の更新 RSS  Valid XHTML 1.0 Transitional